主題歌

kazumi-amitie2006-01-15

朝日新聞で行われたシンポジウムのあと、パネリストの小児科医・橋都先生に教えてもらって取り寄せていた寺山修司編著『日本童謡詩集』が金沢・片町の古本屋から届く。


■寺山修司編著『日本童謡詩集』まえがき


すぐれた「童謡」というものは、長い人生に二度あらわれる。
一度目は子供時代の歌として、二度目は大人になってからの歌としてである。

〜略〜

ひとは、子供時代を歌うことによって、みずからの現在地をたしかめる。「童謡」は、大人の中によみがえることによって、はじめて人生の唄としての値打ちを獲得するのだ。

〜略〜

何年か前に、ジャイアント馬場に会ったときに、彼は体の大きさに似合わぬような弱音をはいた。<略>
いやなことが重なると、ワシは唄をうたうんです。何の唄?ときくと、「砂山」ですよ、とこたえて、唄いだした。


海は荒海
向うは佐渡よ
雀泣け泣け もう日は暮れた


〜略〜

私は思ったものだ。
「映画に主題歌があるように、人の一生にもそれぞれ主題歌があるのではないだろうか。そして、それを思い出して唄ってみるときに、人はいつでも原点に立ち戻り、人生のやり直しがきくようなカタルシスを味わうのではないだろうか」


この本の中から自分の主題歌をさがし出してもらいたい、と寺山修司の選んだ童謡・わらべうたなどが入ってます。
曲にまつわるお話も戦中、戦後を生きた男性の視点からで興味深い。
童謡サロンで50〜70代女性は童謡を歌って純粋に喜んでくれる人が多いが、この年代の男性は「童謡を聞くと嫌なことを思い出す」と言って、「なんであなたは童謡を歌うんだ」と言われたことも何度かある。そういう意見の人はそもそも来てくれないけど。その人たちの意見がこの本を読んで少しだけわかった気がする。
でも寺山修司も、童謡が二度あらわれたのでこの本を編むことにしたのでしょう。「嫌いだ」と言ってた人たちも、私がしつこく童謡を歌っていると「この曲はいい曲だ」とか言って口ずさんだりし始める。やっぱりそういう人たちも実は二度あらわれているのかも。


私の主題歌はなんなのかな。曲を決めてからこれから生きるというのもアリかな?でもこれはきわめて歌手的発想っぽいのでやめとこ。
と思いつつ、この本の歌詞を読みあさる私。