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2015年1月14日水曜日のチャット

2015年1月14日水曜日
シャルリ・エブドの襲撃事件あとのマスターとフランスの友人とのチャット。
重要なこと言ってそうなので、ここに残しておきます。


日本は剣道、柔道。
柔道は「柔(やわら)」
剣道でも急所はつかない。

剣道では、まず「小手(こて)」。手を狙い剣をおとす
そして面、突き、胴。
剣を逆さにして相手に傷をつけず、闘う技法がある。

まず、小手で剣が手からはずれたら相手は頭を下げて「参った」と言う。
これが「小手1本」。
急所となる部分にまで到達しないで勝負を決めようとするのが日本文化。
日本文化というより日本の武士道。
(剣を逆さにして相手に傷をつけず、闘う技法がある・・・これは剣道の話かと思ったけど、日本の武士の話だった。)

これは刀を抜いた時の真剣勝負。
刀を持っているけれど剣を逆さにして殺しはしない。
それを「峰打ち」と言う。

自分の死によって世界を変えるのが切腹。
イスラムの過激派がやってる自爆テロは自分も死ぬけれども、周りも死ぬ。
心に傷を追わせるのは、相手に重傷を追わせるくらいの重みがある。
だから言葉には気をつけなければならない。

そして柔道は、「柔を以って剛を制す」。
柔らかいもので硬いものを負かす。

カミカゼや自爆テロは究極に負けてるものにしかできない。
フランスは強国だからいざ完全に負かそうと思ったら負かせることができるでしょう。
だから大国(強国)は表現の自由より、もっとおおらかに余裕を持たなければならない。

でも俺はフランス好きだよ。でももっと相手の立場も考え、余裕を持ってもらいたい。

(煙草吸いに行きました)

あ、帰ってきた。鴨長明の方丈記の精神だ、と。
この世は諸行無常。
このようなことはこれからも起こるだろう。
今までも大きな戦争があり、相手を逆なでしてきた。
一歩身をひいて物事を静思する。
この精神を日本もフランスも世界各国持たねばならない。

と言ってます。

 

以上、2015年1月14日水曜日のチャットの記録でした。