またまた記録

バタバタ過ぎの毎日です。
記録しておきたかったのに2週間くらい経ってました。
🔸1月1日,2日
すっかり何してたか忘れた
🔸1月3日
木馬開店。近くの飲食店のオーナーが手伝いに来てくれる。本当にありがたい。
🔸1月4日
母の調子がわるく、近くの内科へ。
🔸1月5日
母の補聴器と老眼鏡を作りに行く。
🔸1月6日
母、もう一度内科へ。木馬を抜けて内科へ様子を見に行ったら待合室でひとりポツンといるので会計待ちかと思ったら、まだ診療されていないと。なので一緒に診察室へ入る。調子が良くないので総合病院で腹部エコーと内視鏡の予約を取ってもらう。
終了したのが午後7時半。処方箋薬局によらずに家へ送る。
🔸1月7,8,9日
なんと!3連休だった!処方箋の期限が切れる!
9日は宝塚の歌のサロン、童謡コース。
🔸1月10日
平日になったので、各種申請など電話。母の補聴器が出来上がる。
🔸1月11日
母のスマホをうっかりアンドロイドにしたので、私も教えることができず、しかもイライラしてしまうので、神戸市中央区役所のスマホ教室へ行く。学生さんたちが一生懸命教えてくれる。素晴らしい。

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大量の額縁をマスターと3人で売りに行く。
🔸1月12日
近くの総合病院で検査。病院で待ちくたびれ過ぎて、もう医者のいる老人施設に入りたいと言い出す。家に帰って早速福岡で特養と介護付き老人住宅を経営している甥(私の従弟)に電話。「上げ膳下げ膳の生活になると一気にボケる、やれることは自分でやらないけん!最後は俺がみちゃるき!」と甥に説得されるが、福岡へ帰りたいとしきりに言い出す。夜はまた調子が悪くなり、どうしようかと思う。
🔸1月13日
朝は神戸のマンションのリフォームの下見で業者が来る。午後からまた内科へ。処方箋が切れたのを訂正してもらい薬をもらう。歯医者へはひとりで行ったら、歯を抜かれて帰って来た!

記録

記録。
この前の投稿「初日」を書いてた12月21日夜中の2時頃に母から電話。
父が水が飲みたいと言っている、と。
病院から水も飲まないと聞いていたのになんでだろうと思いながら、慌ててマンションの上の階へ上がる。
本当に「水が欲しい」と言ってるので、水を差し出すとすごい勢いで飲んだ。途中で大丈夫かなと思ったが、本人がものすごく欲していたので水のカップを補助する。
痛みが強いので、24時間電話していいと言われていた訪問医療に電話をすると、痛み止めを飲ませてくださいと言われる。買ったばかりの服薬ゼリーで痛み止めを飲ませる。
痛そうで苦しそうでどうしようもしてあげられなくて、私もベッドに寝転がって後ろから身体をさする。こんなに苦しんでるのに早く楽にさせてあげられないのかと、日本の、いや他の国のことは知らないけど、生き続けないといけないことにちょっと疑問を持った。
母が看護師さんを呼んでくれと言うので、訪問看護ステーションに電話。すぐに来てくれ、いろんな対処をしてくれるが、夜明け前に旅立った。

看護師さんが聴音器で首で脈を診て確認。
母が手首を握って「脈がある、まだ大丈夫だ」というので私も確認したら脈があるように感じた。結局これは自分たちの脈が跳ね返っているだけだった。

看護師さんが訪問医療の先生に電話。真っ暗な時間に来て、確認。すぐに書類が作られる。上行結腸癌でした。
看護師さんが身体を拭いてくれて、頭も洗ってくれて、着てもらいたい服を選んでくださいと言われる。母がいろいろと出してきて、みんなでセレクト。「あなた、この服で閻魔さんの前に立っていいの?」と母が言っている。最後はマスターがネクタイを締めてくれる。

葬儀屋さんを選んでなかったけど、ほぼ身内の友人から聞いた葬儀屋さんに電話。時間はわからないが日の出あたりにストレッチャーが到着。

そしてそのまま、マスターと私も葬儀屋へ。
そのままいろんな説明を受けるが、まだ夜中担当のスタッフだけだったので、10時にもう一度打ち合わせ。コロナで火葬場は半分しか稼働していないから、すぐに葬儀はできないと説明を受ける。23日通夜、24日葬儀と日程決定。

22日、従姉のまゆみさんが手伝いに来てくれる。
母の手伝い、書類の探し物、引越しの片付けなど明るく百万馬力でしてくれる。父の遺影を選ぶ。まゆみさんが父が描いてた絵、能面を飾ったら?と提案してくれてハッとする。私はふだんこういう企画は得意なはずなのに、さっぱり頭が働いてなかった。慌てて絵を額縁を選んでセットする。

23日、通夜。埼玉の父の兄夫婦と息子さん、母の妹も神戸着。九州は大雪。私が選んだ骨壷が小さすぎて九州人にびっくりされる。どの九州人に聞いても小さい!と言われて、大きいのも追加することになった。そして灯りを絶やしてはいけないことなど全然知らず!!!従姉が医大生の息子くんと娘ちゃんと一緒に葬儀屋に泊まりこんで灯りの番をしてくれる。母と私は帰宅。

24日、心配していた雪もどうにか移動可能となり、佐賀から、博多から、北九州から、そしてマスターの姉妹家族と親族がたくさん、そして関東から両親の友人たちも来てくれる。従姉は元添乗員なので、食事から移動から仕切ってくれている。
母はさすがに疲れ切って体調も思わしくなく、母の姉(89才)が予定を変更して一晩一緒にいることに。従姉がポートピアホテルを取ってくれる。母がいない間に四十九日までの祭壇を作る。

25日、午前中にポートピアへ。話があるから部屋まで上がってきてと真剣に言われたので、マスターと車を駐車場へ入れて、いったい何の話だろうと心配してたら、九州に帰る前に木馬の珈琲が飲みたい、と叔母が言ってホッとする。開店前の木馬へ行って珈琲とトースト食べながら、叔母がいろいろと心身不良の解決法を提案してくれる。午後から木馬復帰。

26日、宝塚で歌のサロン。
27日、NHKカルチャー神戸教室。歌の仕事復帰。
29日、訪問看護の契約がまだだったので、訪問看護ステーションに契約に行く。契約前なのにあんなにしてくださって心から感謝。
31日、マスターは仕込みのため、木馬へ。私は父の書類など確認。病院探しの相談などをずっとしていた木馬のお向かいの帽子マキシンの女性社長さんから大きな胡蝶蘭が届く。


2022年1月の休みに、行きたい場所が決まらなくて、夜中に「神戸空港から一番安くいけるところ」を探したら長崎空港だったので、ノープランで長崎へ着。北原白秋記念館のある柳川へ何回も行ってるけど行ってみようかとレンタカーで向かってたら偶然、父の生まれ育った佐賀の高木瀬を通ったので、深川家を通り、深川の菩提寺にお参りしました。見事に吸い寄せられるように行ったのはこういう暗示だったのか、いやでも、深川のお墓参りを吸い込まれるようにしたので、もしかしたら来年まで持ってくれるのかもしれないとも思いましたが、お正月を迎えず、卯年の父は旅立ちました。年末に差し迫っていたので、喪中のはがきも何も出せないまま1月1日を迎えます。

今回、東京から父に付き添って神戸の病院まで来てくれたチャキチャキでパワフルな坂本さんや、従姉のまゆみさんというパワフルで明るい人がいてくれて、すごく助かりました。私も声聞いたらなんだか笑みがこぼれて元気になれるという人になろうとすごく思いました。

みなさま2023年、どうぞ明るい笑い声が出る年になりますように!!!

 

初日

病院を退院し、介護タクシーでマンションへ。介護タクシーの運転手さんはヘルパーの資格を持ってることが多いらしく、男性で腕力もある。昨日用意していたベッドまで動かしてくれた。

介護タクシー到着と一緒に、入院していた病院の訪問看護が来てくれる。すぐに今度は訪問医療の看護師到着、訪問医療の説明を受ける。その後訪問医療の医師が来てくれて、病院の訪問看護の方々がまた3人ほど来られて、気がつくとものすごくいっぱいの専門家の方々。母は緊張からか胃が痛いと言い始めたが、いっぱい看護師さんおられるからさすってもらったり、背中に湿布貼ってもらったりしてる。

みなさん帰られて、近くの処方箋薬局へ行き、痛み止めは麻薬系なので様々な厳重な注意があり、いただく。電機屋で電気毛布など購入。

 

 

ここ最近の日記

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12/8、父が東京から看護師さんについて来てもらって神戸の病院へ入院しました。新幹線の多目的室は車椅子の人やストレッチャーのままの方など予約ができて移動ができます。新幹線、すごい!!

この日はなんと私は濃厚接触者で付き添えなくて遠くから見てました。

12/9、付き添って来てくれた両親の友人Sさんと母は神戸のマンションに泊まれるはずだったけど、なにしろ濃厚接触者なもので神戸のホテルへ宿泊→一旦東京へ。

12/10あたり、何してたか覚えてない。

12/12、宝塚の歌のサロンが終わってから東京へ。翌日から東京の実家の引越し。

12/13、三木くんが来てくれて、引越し作業。どないするの?????と思うくらいの大量の油絵。両親揃って描いてたので一部屋まるまる絵画です。

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引越しセンターのおまかせパックを頼んだので、梱包作業だけしに来てくれる女性2人と我々4人で朝から夜8時ごろまで梱包。エアコンも取り外したのでさすがにホテル泊。疲れてることは想像できたので、ここはもう楽しもうと池袋のメトロポリタンホテルへ。広いしリラックス。

12/14、搬出。今日はひとり。引越しセンターのスタッフ4人。どんどん運んで行く。階段しかない4階、若者たちは2段飛ばしで階段を駆け上っていく。さすが、、、

15日朝に神戸に搬入なので、今日中に神戸に帰ろうと新幹線チケットを購入していたが、スタッフに終電に間に合わないかもしれない、と言われて、池袋までチケット変更に行く。気がつくとスタッフ応援隊が来ていて合計8人で作業していた。やっぱり最終に間に合わず。もう一度メトロポリタン泊まろうかと思ってネットを見たら3万5千円くらいらしててビックリ!なんで昨日はあんななら安かったんだろうか。しかし狭いビジネスホテルは上から空調、顔に当たるとキツイので、この日はサンシャインに泊まる。食事できず、サンシャインの中のコンビニ食。ヘトヘト。

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12/15、神戸の搬入はマスターと三木くんに頼み、昼過ぎ神戸着。ものすごい量!合計7トン!

12/16、開封作業のプロ2人、今日中に無理だという判断があって、気がつくと合計6人ですごい勢いで開包。

12/17、従姉の息子くんが倉敷から来てくれて、母と残す絵画を選ぶ。

12/18、病院はコロナ禍で面会禁止。しかし容態が悪くなってるのでと、5分面会を許される。父は家に帰りたいとのこと。

12/19、決心が要るが在宅準備を始める。介護業者がマットレスを持って来てくれる。連携室から近くの訪問医療を紹介される。母は緊張が続いてるからか調子が悪くなり、近くの病院へ行く。

母が病院行き、あろうことか、いろいろな電話中にストーブとカーテンでボヤを出してしまう。火災報知器が鳴り響き、消防士4人、警察2人、刑事2人来る。

壁も焼けて部屋が焦げ臭いので、寝室の大移動。と言うわけで、明日が無事に来ますように。寝ます。おやすみなさい。

 

まだ自粛中

さてさて、マスターはこんなに熱が下がって何日も経つのに、やっぱり隔離しておかないといけないんですかね。暇過ぎるらしいです。そりゃそうだ。毎日朝から夜中までヘトヘトに動いてたのでね。私も自粛してましたが、私だけ明日から再開します。マスターはまだ月曜日か、火曜日か。これってもう一度PCR受けて自粛期間早めてもらったら?というと、PCRはごめんだ、だそう。というわけで、早く5類扱いにならないのでしょうかね〜。

でも、日中家にいたらいろんな野鳥が遊びに来て、うれしいらしいですよ。メジロを一番贔屓にしてるので、スズメが来たら追っ払う。ヒヨドリが来ても追い払う。メジロかと思いきやなんか違う尾っぽの長い野鳥も来るそうで、たぶんウグイスかな?

暇過ぎるらしい

マスターの熱は下がりましたが、体温計がどれも不正確っぽい。濃厚接触者が買いに行くのも悪いなと思って、いろんな体温計で測ってはあいだをとってるようです。

体温を測るしかすることがない!暇過ぎる!と言ってます。マスターは月に1日も休まないので、たまには休みなさいってことですよね。

 

とうとう!

なんとマスターがコロナ陽性になってしまって、木馬が開けられないことになってます。喉も痛くない、頭痛もしないからこれはコロナじゃない!と本人は言ってますが、少し熱っぽいので病院行ったら陽性判定。ということは、こういう人はきっといっぱいいて、いっぱい拡散されていってるのでしょう。きょうはNHKカルチャーの京都教室おやすみしました。12月の木馬一週間休みはきついなぁと思って保険屋さんに休業補償出ないか聞いても、今年の秋からもう出ないんですね。というわけで、私もおとなしくしています。あ〜、逃げ切れるか!と思ってたのに、とうとう!