想像

なんだか最近話しの中でエリック・サティが登場することが多い。きょうもある打ち合わせでサティ話。元気な証拠だ。サティのことを話出すと夢中になる。サティは変わり者扱いされることが多いが、決してそうは思わない。私のようないろんなジャンルの狭間にいる人間にとってサティの文章、行動は救われる。秋山邦晴訳の『卵のように軽やかに』は私の超バイブルだ。
きっとサティが生きていたらブログやホームページを大活用していただろう。自分の言いたいこと、言い分を発信しては音楽評論家にたたかれ、新聞社にたたかれ、文句を言いに押し掛けに行くだろう。嘘八百のストーリーを書き並べ、音楽配信やYou Tubeなんかにも手をつけ、まめに更新して、そのサイトの人気が出て来たらいきなり閉鎖して、また違うサイトを立ち上げるかもしれない。自分ひとりの会社を立ち上げ、ロゴデザインやレターヘッド、名刺などに非常に凝りまくるだろう。ドビュッシーとかは大手レーベルのレコード会社がついてじっくり録音したものを出すだろうが、サティはお金をかけず(かけれず)自費出版で好きなことやって、それなのにデザインはピカソだったり、ライナーノーツはジャン・コクトーだったりするかもしれない。
・・・と、今の時代にエリック・サティが生きてたらという想像をしながら、夜道を歩いて帰ったのでした。愛すべきエリック・サティ!